日本の会社はなぜ、他国に比べて「従業員にお金を払わない」のか? 「低賃金ニッポン」を生み出す“意外なメカニズム”
日本人は賃金を上げなくても会社を辞めない
・日本は、なぜ労働分配率が低いのか? それには、新卒一括採用・終身雇用という日本の安定しすぎた労働環境が影響していると考えられます。言い換えると、労働者が同じ会社に長く勤めがちで、労働条件に多少の不満があっても、なかなか会社を辞めないことが大きな要因になっているのです。
・このように労働市場の新陳代謝が悪いことを、「労働者(労働市場)の流動性が低い」と言います。
・企業の視点で単純に考えれば、人件費を下げた分だけ利益は上がります。しかし、賃金を低くしすぎると、人が集まらない、あるいは辞めて別の会社へ行ってしまいますから、妥当な相場に落ち着きます。
・しかし日本の場合、賃金が上がらなくても従業員が簡単には辞めないので、企業は賃金を上げるモチベーションが低くなるのです。企業は収益が上がっても、株主配当にも配慮しなければならないし、設備投資や現預金にも回さなければならない。そんななかで従業員の昇給は後回しにされやすい。つまり、労働者の流動性が低いことで、「釣った魚に餌をやらない」状況が可能になってしまうのです。
・また、労働者側から見た場合にも、日本では同じ会社で長く働いたほうが恩恵を受けやすい、という事情があります。
・賃金プロファイル(図表2-3)を見ると、50歳くらいから60歳頃にピークがあり、逆に若い時分には賃金は低く抑えられていることがわかります。
・年功序列で賃金が上がっていくのは慣行であって、実際の企業への貢献度に必ずしも見合っているとは限りません。若いうちはどれだけ活躍して会社に貢献しても、給与は低めに抑えられてしまいます。この制度下では、よほど良い転職をしない限りは、途中で辞めたら損、ということになってしまいます。
・しかも日本では、税制においても勤続年数が長いほうが有利で、「勤続20年」を境に退職金の控除率が変わってきます。このように、日本の雇用をめぐる環境全体が、労働者の流動性の低さを作り出してしまっているのです。
日本独特の雇用慣行が低賃金の元凶
・また、労働分配率を引き下げている別の大きな要因として、正社員と非正規社員との賃金格差が挙げられます。
・2020年時点で、日本の非正規雇用労働者は2090万人(総務省「労働力調査」)。被雇用労働者全体のうち37%を占めますが、正社員と非正規社員との賃金格差は、額面においても昇給率においても明らかに存在しています。景気の良し悪しにかかわらず非正規社員の賃金が低水準にあるという構造は、デフレ脱却の観点からも修正すべき点です。
・同時に、大企業などでは正社員の解雇がしにくいことも、企業が賃金を簡単に上げにくい理由になっています。なぜなら、一度上げた賃金は下げにくいからです。この点、アメリカは法制度的に解雇が非常にしやすいので、経済が良いときには給与を高く設定して良い人材を集め、本人か会社のいずれかが立ち行かなくなってきたらさっさとクビを切る、ということも容易です。
・さらにアメリカとの比較で言えば、さまざまな職種が「総合職」として一括され、賃金格差が少ないことも、日本の独特な雇用慣行のひとつと言えます。
・アメリカの場合には、エンジニア、研究、営業、人事など「職種」ごとに労働市場が決まっています。日本では「会社」ごとの新卒一括採用なので、学生にとっては「どの会社に入るか」ということが重要になりますが、アメリカでは「どういう専門性を追求するか」のほうが遥かに大事です。
・そして、年功序列ではないですから一つの企業に長くいる必然性はなく、むしろ待遇や専門性を高める方向にキャリアアップすることが自然な流れになってくるわけです。
・ちなみに、いま「日本式」と呼ばれることの多い「終身雇用・年功序列」や、ジェネラリスト育成を目指す一括採用は、実は第二次世界大戦後に一般化された、比較的新しい仕組みだと言われています。むしろ大正時代などは今のアメリカに近く、専門性をもった職人たちの流動性は高かったのです。
・もちろん、安定して給料が上がり、解雇されにくいほうが、安心して将来設計ができるという利点もあります。しかし右肩上がりの高度経済成長期ならまだしも、成長が望みにくい日本の現状では、単に給料が上がりにくいだけでなく、「チャレンジするより失敗しないように振る舞うほうがマシ」という負の側面が強調されてしまうことは否めません。
・固定化された人間関係が、過度に「空気」を読むことを求めたり、いま問題になっている職場のハラスメントが起きやすくなる一因にもなり得ます。業務以前に人間関係でストレスが生じていては、仕事の生産性は下がります。これだけグローバル化した世界において、もはやこうした仕組みは変えるべきでしょう。
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・では、この仕組みを変えるためにどうすればいいのか? 【つづき】「日本経済を「大復活」させるために「超有効な手段」があった…! スゴい可能性を秘めた“トランポリン型社会”って何だ?」では、その解決策をご紹介しよう。
永濱 利廣(エコノミスト)
永濱利廣
1971年、群馬県生まれ。第一生命経済研究所首席エコノミスト。早稲田大学理工学部工業経営学科卒業、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年に第一生命保険入社、日本経済研究センターを経て、2016年より現職。衆議院調査局内閣調査室客員調査員、総務省「消費統計研究会」委員、景気循環学会常務理事、跡見学園女子大学非常勤講師。2015年、景気循環学会中原奨励賞を受賞。著書に『経済危機はいつまで続くか――コロナ・ショックに揺れる世界と日本』『MMTとケインズ経済学』など多数。
ネット上のコメント
・この件に関しては、派遣の改悪それも、製造派遣を認めた事が致命的なミスだと思う。 もともと派遣は、会社に縛られずある程度自由に能力を発揮し、会社からしても、能力が高い人を期間限定で雇うと言ったもので、賃金は社員より高いのが当たり前でしたが、製造派遣が認められてから、一般人も派遣に行くようになり、その結果質が低下し、派遣会社も安売り合戦した結果、派遣は安くて間に合わせの人材と言った会社に都合が良い風に定着してしまったのだと思う。
・低賃金でも辞めれないが真実だと思う。再就職が日本はとにかく難しい。氷河期世代はさらに大企業に就職できたのは一部の人、公務員試験も今より倍率が高いからかなり一部の人、日本は仕事が他より出来ても収入は増えない。出来なくてもほぼ差がない企業が多い。これからも日本は変わらないと思う。賃金倍速計画とか言っている。岸田首相には呆れる。倍増するより多く増税するならば意味がない事を国民は知っている。余程一気に政治や経済界の考え方が変わって行かないと日本は100年経っても憲法すら変えない国だと思うから何も変わらないと思う。
・年功序列でないのは流動性も生むが、それでも動けない人達の低賃金化も生んでしまう。結果として平均賃金は良いが、企業内格差が大きい会社になる可能性が高い。 そもそもその成果主義や実力主義という考え方が社会全体でも格差を生んだ原因だと思う。全体の賃金を上げる方法を模索しないと偏った社会が増長されるだけだと思う。
・記事にもあるけど、結局辞めないから。 自分が海外で働いていたときは、ローカルの人達は今より条件がいいと思ったら、そこが決まってもいないのにびっくりするぐらい簡単に辞めてた。
・昔の日本は頑張って長年勤めれば給料が上がり、定年で退職金がしっかりもらえる。だから若いうちは大変でも我慢しろって。終身雇用なんてのが主流でした。役員も飛び抜けて給料が高いとかも少なかったし。 今は昔苦労して高額報酬を得るようになった経営陣が、自分たちの報酬を維持したまま中堅以下にだけ成果主義を採用して、リストラを繰り返しいつでも首切りができる、契約社員や派遣社員を利用する。今は正規社員での雇用が少ないから、大企業に就職できると記事のように動かないけど、小さい会社は若手ほど簡単にやめちゃいますよ。 大手などで期待される若手は、独立起業や外資系のヘッドハンティングで流れてしまうから、よく見る人が育たないっって記事に繋がる。 これ続けてると、働いても給料安いからできるだけ楽な仕事するって全体の感覚が変わってくるから、日本の国力そのものの低下につながる。
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