【訃報】「クリィミーマミ」ら手掛けた、ぴえろ創立者の布川郁司さん急逝、75歳
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「クリィミーマミ」ら手掛けた、ぴえろ創立者の布川郁司さん急逝、75歳

記事によると…

高橋留美子氏の人気漫画をアニメ化した「うる星やつら」や赤塚不二夫氏の漫画をアニメ化した「おそ松くん」を制作、プロデュースしたことで知られる、スタジオぴえろ創立者の布川郁司さん(元同社社長、会長、最高顧問)が25日、急逝したことが分かった。75歳だった。葬儀は遺族の意向で近親者のみで執り行う予定で、後日、同社主催のお別れの会が開かれる予定だという。

布川さんは山形県酒田市生まれで、複数のアニメ制作会社を経て、タツノコプロで75年のフジテレビ系アニメ「タイムボカン」シリーズの企画に関わった。さらに同系の「いなかっぺ大将」「みなしごハッチ」「科学忍者隊ガッチャマン」など、人気アニメの演出、制作に携わった。  79年には、スウェーデンの人気児童文学をアニメ化したNHK「ニルスのふしぎな旅」を制作するため、スタジオぴえろを設立し、社長に就任。“アニメ界の奇才”の異名を持ち、さまざまな画期的なアニメーションを世に送り出した。83年の日本テレビ系アニメ「魔法の天使クリィミーマミ」をはじめとした「魔法少女シリーズ」を制作し、一大ムーブメントを起こした。近年では01年のテレビ東京系アニメ「ヒカルの碁」を企画した。

12月26日 https://news.yahoo.co.jp/articles/8ac459a301faa56a0c1b7df331298b7f95da3bf2

布川郁司

布川 ゆうじは、日本のアニメーション演出家、アニメ制作会社経営者、ぴえろの創業者、元東北芸術工科大学大学院仙台スクール教授、元日本動画協会理事長。ペンネームに坂田ゆう。-

ネット上のコメント

「ニルスのふしぎな旅」は面白かった。 一年強の放映期間でしっかりストーリーを作り上げて、あの余韻の残る最終回に繋がった。 最終3話が素晴らしく盛り上がった「クリィミーマミ」も同じ事が言えました。 今、そのような楽しみ方の出来るのが大河ドラマだけなのが寂しいものです。

何年か前に秋葉原の近くで開催されたラフ絵展ではご本人が作品を解説なさってた。その解説がおもしろくて何回も通った。 クリィミーマミのみならず原作ものではうる星やつら・オレンジロードなど当時の少年少女を夢中にさせた作品を数多く世に送り出した方。ラフ絵展でもわかる通り天野喜孝先生・高田明美先生・秋本治先生などタツノコプロ時代の人脈も幅広く持ち、プロデューサーとはという一つの答えを出した方でもあったと思う。

32歳の若さで、スタジオぴえろを作ったとは凄いですね。 昭和版うる星やつらの主要スタッフも放送開始時、押井守30歳、伊藤和典27歳、高田明美26歳、後に有名になる他の人材も20代が多かった。 その二年後には読売広告社から直で指名され、完全オリジナル作品のクリィミーマミを商業的にも成功させた訳です。

スタジオぴえろは数多くの作品を手がけていますが、自分が初めてその名を知ったのが「星銃士ビスマルク」でした。 後で聞いたところによると、半年の予定が好調のため1年になったとの事。 リメイク版の「おそ松くん」も毎週見て、笑ったり感動したりしました。 布川ゆうじさんのご冥福をお祈りいたします。

うる星やつらを見て思うのは、いかに原作が良くてもアニメにする時に原作をなぞるだけじゃ面白くないんだなってこと。旧作は制作陣がかなり改変しちゃった部分もあったけど、スタジオぴえろのメンバーがいかに優秀だったかがよくわかる。


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